
2009年 広島の原爆と長崎の原爆について
広島原爆について
核の悲惨さ
1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分に、アメリカ軍が日本の広島県広島市に対して投下した原子爆弾が実戦で使われた世界最初の核兵器。
この原子爆弾により広島市の人口約35万人のうち、約14万人が死亡した。
爆心地から500M以内での被爆者は、即死及び即日死の死亡率が90%以上。
500Mから1KM以内での被爆者は、即死及び即日死の死亡率が60〜70%。
また、爆心地から500M以内の被爆者は98〜99%が死亡。
500Mから1KM以内での被爆者は約90%が死亡した。
爆発の瞬間、爆発点の気圧が数10万気圧に達し、爆風が発生した。
爆心地の風速は推定440m/sと、音速を超える爆風となり、爆心地の一般家屋のほとんどを破壊した。
爆弾投下直後、強力な熱線により外にいた人は全身の皮膚が炭化し、高熱により内臓組織まで水分が蒸発した。
爆心地を走っていた路面電車の中には吊革を持った形のままの人、運転台でコントローラーを握ったまま死んだ運転士もいた。
また、強烈な爆風は屋外被爆者の衣類を剥ぎ取り、ほとんどが裸となった。
さらに熱線により火傷を負った表皮を皮膚組織から剥ぎ取った。
腕の皮膚がはがれて垂れ下がり、爪のところでようやくつながっているものや、背中全体の皮膚がはがれ、腰からぶら下がっている者もいた。
強い衝撃で眼球がとびだした者、腸が飛び出してくもんする者もいた。
核はなぜなくならないのか
核武装論という言葉がある。
狭い意味で、「国防において核武装を行うべき」という主張であり、広い意味で、安全保障政策における手段の1つとしての、核武装の是非や利得の議論自体を指す。
核が無くならない大きな理由として、核抑止が考えられる。
核抑止とは、核兵器を保有する事で、二国間関係において互いに核の使用がためらわれる状況を作り出し、結果、核戦争が回避されるという考え方。
上記のような考え方が核保有国にある以上、この世界から核を無くす事は非常に難しいと考えられる。
核をなくすために世界がやっている事
1.核兵器禁止条約
「核兵器の全面廃止と根絶(ただし、核の平和目的利用は禁じない)」
核兵器の全廃と根絶を目的として提案された国際条約案。
2007年4月、コスタリカ・マレーシア両政府の共同提案として国連に提出されたが、2008年5月現在、未採択となっている。
2.核拡散防止条約
核軍縮を目的に、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国以外が核兵器の保有する事を禁止する条約である。
3.非核三原則
「核兵器を持たず、作らず、持ち込まさず」という三つの原則からなる、日本の国是
4.ファスレーン365
イギリスの現在の核兵器システムが2024年に退役するため、イギリス政府はシステムの更新するかどうかの決定を迫られている。
更新には数兆円という膨大な資金が必要になる。世論調査によるとイギリス国民の約6割がシステム更新に反対しており、この世論を圧倒的なものにしていけば、核兵器更新の中止、つまりはイギリスでの核廃絶を実現できる可能性がある。
ファスレーン365とは、この世界中の市民が協力してイギリス政府に圧力をかけようというプロジェクトの事である。
この記事を書いた人【 numlock 】
長崎原爆について
核の悲惨さ
当時の日本で東洋一の造船所と造機工場として作られたのが三菱重工広島。
そしてその長崎はその三菱重工発祥の地。
アメリカは三菱重工の存在を知っており、日本の軍事力が上がる前に潰しておきたいターゲットにされていた。
広島も長崎も三菱重工の本拠地でなければ狙われることはなかったかもしれない。
長崎に原爆が投下されたのは1945年(昭和20年)8月9日午前11ごろ。
米軍のB29爆撃機「ボックスカー」がプルトニウム原爆「ファットマン」を投下し、長崎市松山町の500M上空で爆発した。
※「プルトニウム原爆」・・・長崎の場合13kgのプルトニウムを装備した重さ4.5t
実際に核分裂したプルトニウムは10%の約1kg。
通常の爆薬の威力で出る高温の熱と熱線(赤外線を含む光線)に加えプルトニウムやウランで作られた原爆は核分裂の分が加算し、化学エネルギーは約百倍。さらに放射線と放射性物質を多量に発生させることが出来る。
長崎の被害規模は広島に投下されたウラン235原爆「リトルボーイ」(TNT火薬15.000t相当)の1.5倍の威力になるものだった。
※「放射線の威力」・・・当時原爆の火力や爆風の被害を直接受けていなくても放射能は半径2km以内の人に重大な影響を及ぼす量だった。
被爆地から0〜0.5kmで出血状態(吐血、下血、歯コン出血、粘血性下痢)の症状。38℃〜40℃の稽留高熱が数日続き数日経過で死亡。
2.0 〜4.0kmでも脱毛や出血症状(歯コン出血、皮膚溢血斑等)など
この症状で無傷の被爆者までも倒れ、生き残った人も後遺症や遺伝子異常など後世にまで残る状態になり終戦したあとでも何もない状態で、干からびた川にわずかな水を求める姿があったらしい。
核はなぜ無くならないか?
まずどこの核保有国も打ち込んだ国の民のことなど考えない。アメリカ国民の核の意識調査では7割が賛成という結果まで出ているらしい。
それは核を持たなければ国民を守れないという自己防衛精神と手放せば外交的有利なな立場に立てないというジレンマがあるからだろう。
結果それぞれの国は手放せば負けるという意識があり一向に核を手放すことは無いのだ。
核を無くすために世界がやっていることは・・・
2002年5月
アメリカ合衆国とロシアは米ロ両国の配備済みの戦略核爆弾とその運搬手段を2012年までに1700〜2200発に削減するモスクワ条約締結。
2006年9月
中央アジア5カ国は核兵器の実験・製造・購入・配備・使用を禁止するセメイ条約締結。
2009年4月
アメリカ合衆国のバラク・オバマ大統領はアメリカ合衆国初の核断絶にむけた「核なき世界」を演説。ロシアと新たに戦略兵器削減条約、包括的核実験禁止条約、核拡散防止条約の強化、核管理に関する首脳会議などを提唱。
2009年7月
米ロ首脳会談では戦略核弾頭の上限を現状の2500前後から1500〜1675へ、核弾頭の運搬手段を大幅削減
この記事を書いた人【 ロゼ 】
- 2009年 戦争映画を観ての感想
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