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映画を見ての感想

2011年 ひめゆりを観て

映画『ひめゆり』とは

第2次大戦末期、戦地と化した沖縄で10代の少女も数多く看護隊として動員された。
中でも有名な“ひめゆり学徒隊“の生存者22名の証言をおさめたドキュメンタリー。
TVや映画で語られなかった真実が60年以上もの時を経て白日の下に。

ひめゆり


【概要】
監督:柴田昌平
出演:元ひめゆり学徒の生存者22人
制作会社:プロダクション・エイシア
公開:2011年
上演時間:131分

長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」公式サイト

ドキュメンタリー『ひめゆり』を観て

はだしのゲンのお父さんのような男に

最初に強く印象に残ったのは、生存者の方々が皆仰っていた、「私だけ生き残って申し訳ない…」という言葉でした。

目の前で学友や兵士が、変わり果てた姿に変わっていくさまを見る毎日。
その地獄のような数カ月から、やっと解放されたというのに…とても衝撃的な言葉でした。

劇中である女性が、「アメリカ兵が、学友を手当している光景が信じられなかった」と仰っていました。アメリカ兵は、"鬼畜米兵"と呼び、獣のようなやつらなんだと国民を洗脳する当時の教育にゾッとしました。

「お国のために死ぬなんていう教育は絶対に間違っていた。でもあのときは、教師もそれを信じるしかなかったんです…」最後の女性のセリフです。
はだしのゲンのお父さんのように信念を持って「ノー」と言える男に少しでも近づきたいです。

この記事を書いた人【 yass 】

ひめゆりの感想

女学生時代に戦争を経験をした方々の証言1つ1つが重く感じました。

「切断手術」「死体の処理」「ミルクでの毒殺」「友人の死」「突然の解散命令」「手榴弾での自決」「地上戦の前線での出来事」・・

戦争と平和について深く考えさせられると共に

戦争は起こしてならないと強く再認識させられました。

1人でも多くの方に観ていただき、

次の世代に伝えていくべきだと考えます。

この記事を書いた人【 sho3 】

ひめゆりを観て

ひめゆり学徒隊の生存者の方々の証言を元に進んでいく本作。

実際の現場を体験した本人しか語ることのできない生々しい出来事の連続で、
胸が痛くなった。

ほとんどの生徒が亡くなった中で、生き残った方はもちろん幸運だと思う。

けど、生存者の方たちは生き残った幸運以上に、自分だけ生き残ってしまったという
申し訳ない気持ちがいっぱいだという事を聞いてなんとも言えない気持ちになった。

捕虜になるのは国賊、恥、捕虜になるくらいなら死んだほうがいい。
当時10代だった彼女たちにとって死はかなり身近なものだったのだと思うと、
戦争のない(正確には無くはないけど)時代に産まれた自分はどれだけ幸運なんだとあらためて思った。

本当に戦争は悲しみと恨みしか生み出さない。
その恨みがまた次の戦争を生み出すのかと考えたら、
本当に戦争は起こしてはいけないものだと思う。

最後の沖縄平和祈念資料館で、生存者として、来館者に生の声を伝えている方が、
亡くなった友達達のもとに自分が逝った時に、平和というお土産をたくさん持って行って、
彼女たちが味わうことの出来なかった、戦争のない、平和な日常を伝えたい。といっていたのがとても印象的だった。

戦争をこの世からなくすなんて、大それたことはできないかもしれないけど、
少なくともこの日本でもほんの60年近く前にこんな残酷で悲惨な出来事が起こり、
多くの将来有望な若者達の命が失われたということは決して忘れないようにしていこう。
それが、自らの命をかけてこの日本を守ってくれた彼らへの恩返しだと思う。

この記事を書いた人【 numlock 】

ひめゆり

"戦争"と聞いても、実際に体験してない僕らにとっては残酷な行為ということは頭で分かっていても、どこか遠いところで起こっている絵空事の様に感じられてしまう。
しかし、実際に戦場へ連れて行かれ、そして生き残れた方々の、「リアル」な話を聞いて少しは変わったような気がする。

この日本で、目の前で体の一部が吹き飛ぶような光景が繰り広げられ、数秒前に会話していた友人が頭が吹き飛んだり腸が飛び出ていたり、銃弾を受けて血しぶきが上がり穴だらけになっていたり。そんな光景が数カ月も続いていたなんて、今からでは考えられない。

教育に関しても、「戦争には必ず勝つ」「捕虜になるなら自決しろ」など、今なら考えられない。ましてや、授業で自決の仕方まで教えるなんて。

一体誰が、どこまでの人が被害者なんだろう。一般市民はもちろん、軍の中にも戦いたくなかった人はいるはず。ただ、そういう人たちが諦めず、精いっぱい生きてくれたおかげで自分たちが存在していることを忘れてしまわないようにしたい。

この記事を書いた人【  】

ドキュメンタリー映画『ひめゆり』を観て

学校の戦争学習などで、ひめゆり学徒隊のお話はよく聞いていました。
当時、彼女たちは13〜19歳。今の私の妹と同じくらいの年齢です。
妹くらいの女の子たちが、家族のもとを離れて戦火の中、けが人の看護にあたるというのは、とても想像できませんでした。

実際の映像はあまりなかったのですが、写真を交えてのインタビューは、とても生々しくキツいものがありました。

当時の日本人には、アメリカ軍の捕虜になるという選択肢は一切なかったそうです。
捕虜になるくらいなら自決をする。それが当たり前のように行われていました。

もし、自決ではなく、捕虜になるという選択肢があれば、もう少しだけでも多くの命が救われたかもしれません。

しかし彼女たちは『敵の捕虜になると指先から1センチずつ刻まれて殺される』『女子が捕まると恥ずかしめを受けて虐殺される』と幼い頃から教育されていたそうです。

いま、戦争の怖さを知った私でも、その教育を受けていたなら"自決"を選びかねないと思い、とても怖くなりました。

目の前で親友たちが次々と死んでいくというのは、想像すらできません。

沖縄の戦争を勉強していく中で「悪いのはアメリカ兵だ」とずっと思っていましたが、今回ひめゆりを観て、「本当に悪かったのはアメリカ兵だったのかな」と考えました。

戦争では"どっちが悪い"は存在しないと思いますが、アメリカ兵は"悪い"もので米軍基地は"悪い"ものだと思っていたので、日本兵の発言に衝撃を受けました。

しかし、実際に捕虜になることの恐怖を教育したのは日本人だし、解散宣言を言い渡し、女学生たちを防空壕から追いやったのも日本兵でした。

私は、実際に戦争を体験していないし、とても平和な世界を生きています。
戦争の辛さをわかったつもりでも、実際に体験した彼女たちの気持ちは、ほんの少ししか分からないんだろうなと思います。

でも、私は私なりに彼女たちの話を聞いて、戦争を考えることができました。

辛いことを思い出してまで私たちに語り継いでくれている、ひめゆりの方に感謝します。

戦争は、どの国でも絶対にあってはならないものです。

この記事を書いた人【 あや 】

感想

きょうドキュメンタリー映画「ひめゆり」を見ました。
ひめゆり学生隊の存在は知ってはいたけれど、生存者の方の生の声を聞くのは初めてでした。

映像がない分、言葉のひとつひとつに重みを感じました。
「この人たちが話していることは、映画ではなくて、本当にこの人たちの目の前で起こったことなんだな」 と思うと、何も知らない自分には受け止め難い事実で自分はどこまで理解出来るのか不安になりました。

あの頃は、「国の為に死ぬ」ということは誇りで、みな喜んで死んでいった時代だと、子供のころ勉強しましたが、 ほんとうに、ほんとうは死ぬ直前はそんなこと思っていなくて、もっと生きたい、家族に会いたいと思っている、 今を生きる私たちと何も変わらない、同じ人間なんだなと知ると、戦争は二度とあってはいけないということが よくわかります。すぐに忘れてしまうけれど、毎年終戦記念日にはこの映画のことを思い出して、忘れないようにしたいと思っています。

この記事を書いた人【 エリコ 】

ひめゆりを観ての感想

中学校の修学旅行が沖縄だったので、「ひめゆりの塔」と「ガマ」は訪れたことがありました。当時も、夜、ひめゆり部隊にいた方からお話を聞く機会がありましたが、正直に言って詳しい内容は忘れてしまっていました。今回、改めて「ひめゆり」を映画で見ることで、軍国主義の教育の怖さを知った気がしました。

中学生、高校生の時なんて一番楽しい時期なのに、戦争のためにいろいろなものを諦め、命まで落として、死ぬことすら良いことだとされていた時代は、二度と来て欲しくないと思います。


映画の中で、生存者の方々は自分たちがいた壕やガマで昔の体験を語っていました。当時のことが思い出されて、本当に辛いと思います。それでも、こうして記録として残してくれることで、戦争を知らない人たちに伝わっていくのだと思いました。

私が中学校のときに入った「ガマ」は、もう名前も場所も分かりませんが、「地面が黒いのは人の脂が染み込んでいるからだ」と言われたことだけはハッキリと覚えています。それを聞いたときは、実際にその場に立っているのに実感が湧きませんでしたが、今日こうして「ひめゆり」の映画を見たことで、現実味が増したような気がします。


また、今度沖縄に行ったら改めて「ひめゆりの塔」を訪れたいと思います。

この記事を書いた人【 Lily 】

真実は静かに佇む

本日は、フリーライフの年中行事『戦争を考える日』ということで

ドキュメンタリー映画『ひめゆり』を観賞しました。



ドキュメンタリーは、記録映画と呼ばれていますが

ただの記録では、映画とは言えません。そこに、つくり手の意図があり

伝えたい思いがあり、編集を加えることによって、はじめて映画になります。

この映画を観に行く前に「編集をなるべくしないで撮った映画」という話を聞いて

編集のない映画なんて存在しないだろうと思っていました。


しかしこの映画は、

編集をしないということではなく、誇張せず、

ありのままの真実をまっすぐに伝えることに成功しています。



『ひめゆり』は、極めて静かに真実を語る映画です。


戦争映画や番組で多用される、グロテスクな再現シーンなどは一切なく

淡々と、時に感情的に語られるひめゆり学徒生存者の証言で構成されています。


彼女らが避難し生きて、死んでいった、鍾乳洞やゴツゴツした岩だらけの洞穴が静かに映し出され

そこには、銃弾を浴びぼろぼろになった女生徒も、無残に切断された足や腕も

写っていないのに


「何人も殺している軍曹が、怪我人の足を抱えた私を見てすごい女だなと言ったのです

怪我をして、死んでいく兵隊さんを毎日見続けていたら

私の中で普通になってしまった」


「悔しい、こんな穴ぐらの中じゃなく、太陽の光を浴びて死ぬんだ」


「せめて腹いっぱい水を飲んでから死にたい、おかあさん、おとうさん」


「ガス弾が投げ込まれ、苦しくて、苦しくて、

水がないので手ぬぐいに小便をして口にあてました、

それでも苦しくて、結局、三日間気を失ってしまった」


「真っ暗闇の中で、何日も経って、死体にウジがわいて

始めて、友達が死んでいるのがわかるんです」



といった生生しい証言から

何もない、誰もいない洞窟の中に、惨状が覆いかぶさるのです。

重く大きすぎる真実がストレートに伝わり

こころに、ずしんと残りました。


この記事を書いた人【 なかじ 】


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