石田ヤス彦.(いしだやすひこ)は、株式会社フリーライフコンサルティングの熱く燃えるWebディレクター兼ストーリーディレクター。携帯漫画小説『2023』の作者。血液型B型、東京都出身。
・1977年(昭和52年)3月15日東京都で長男として生まれる。
・1989年(平成元年)−東京都青梅市立第三小学校 卒業
・1992年(平成4年)−東京都青梅市第三中学校 卒業
・1995年(平成7年)−東京都立東大和南高等学校 卒業
・1995年(平成7年)−亜細亜大学法学部法律学科 入学 ベースを始め、バンド活動を開始する。バンド名:PANBRAN(パンブラン)。
・1999年(平成11年)−亜細亜大学法学部法律学科 卒業 就職と共に、PANBRAN解散。
・1999年(平成11年)−三多摩三菱自動車販売株式会社(後に合併し、西東京三菱自動車販売株式会社となり、その後も合併を重ね、現在は関東三菱自動車販売株式会社)に営業として入社 上司等と共にバンド活動を再開。バンド名:Hi-Surf(ハイサーフ)。メンバーの渡米によりHi-Surfを解散。しばらくしてメンバーを入れ替え、現在活動中のNOOGARD(ノーガード)を結成。
・2002年(平成14年)−西東京三菱自動車販売株式会社 退社
・2003年(平成15年)−株式会社DIGGIT 入社 アメリカン雑貨のバイヤーを始める。
・2007年(平成19年)−株式会社DIGGIT 退社
・2007年(平成19年)−株式会社フリーライフコンサルティング 入社
・赤黒の髪+多くのボディピアスを付けている。
・特に左眉に付けているクギのようなピアスは今まで数え切れないほど、「痛くないんですか?」と聞かれている。本人はいい加減うんざりしている。
・※これらについての詳細は赤髪とピアスを参照。
・数年前あごヒゲを15cm伸ばし、金髪や三つ編みにしていた。ヒゲを切ったとき友人はおろか、母親ですら気付かなかったらしく、本人は切って正解だと思っている。切ったヒゲはしばらく現在の妻が保管していた。
・2000年以降、ヒゲを完全に剃ったことがない。本人曰く、ヒゲがないと鏡を見るとき気持ち悪くなるらしい。
・学生時代、ロン毛だった。
・髪の色を変えるのが好きで、過去に茶、アッシュ、金、銀、白、紫…色にしたことがあるらしい。現在の赤髪にしてから8年程経つとか。
・よく子どもに指をさされながら「あの人髪が赤い…」「目になにか刺さってる…」等と呟かれる。その度に、子どもの親は、「見ちゃダメ!」と気まずい顔をするという。
・ベッカムよりも早くソフトモヒカンにしていたと言い張っているらしい。
・よくシャブ中と間違われるらしい
・見た目とは裏腹に情に厚く、義理堅い。また電車でお年寄りによく席を譲るのだが、なぜか2回に1回は断られるらしい。
・高確率で子供がなつかない。しかし、一度なつくとべったりになるらしい。
・人生に堅く、高額な生命保険を掛けている。
・電話対応が良く、実際に会うと100%の確率で驚かれ、みな口を揃えて、公務員的な堅い人を想像していたと言われるらしい。
・うまいと思った物を飽きるまで食べ続けることがよくある。
・同じ道を通ることを嫌う。これは、幼少の頃、母親が父親に「同じ道しか通らないつまらない人」と言っていたのが原因らしい。
・一度欲しいと思ったものは何が何でも手に入れるらしい。
・携帯とPC、iPhone、iPodがないと不安になってしまうらしい。
・小学生の頃にドクロのカバンを愛用していた。
・小学生の頃、年間目標で1年ランニングで過ごすという目標を立て、達成している。ストイックな小学生である。母親から毎日のように恥ずかしいからやめてくれと頼まれていたらしい。
・集団で行動することが嫌いらしい。
・ネット上だけ強い発言をする人々が大嫌いらしい。
・「普通」という言葉を嫌う。幼少の頃から周りと足並み揃えるのが嫌いで、変わったカッコウを好んだ彼に、母親は周りと足並みを揃えるように強要したのが原因だと語る。性格よりも、髪型や服装、インテリアなどに顕著に表れている。(本人談)
・寝坊をしない。
・寝坊をしないと言った翌日に寝坊をする。
・だらしな……かった。
・保育園児のときに既に彼女がいた。
・昔の彼女を偶然見かけたとき、特攻服を着ていたらしい。
・病気で仕事を休むことを過剰に嫌う。昔、一駅毎に下車して吐きながら4時間かけて出勤したことがある。
・超ド近眼だったが、レーシックを受け2.0まで回復している。
・肺気胸になったことがある。(肺に穴が開いてしまい、胸や背中に激痛を伴う病気なのだが、本人は風邪だと思い、一晩ヴェポラップを塗って過ごしたことがあるらしい。)
・室内で飼っている柴犬(むぎ)を溺愛している。幼少の頃に飼っていた雑種犬(ビッキー)の世話をほとんどやらず、挙句の果てにマンションに引っ越す際に保健所に連れて行ったことを未だに後悔している。それにも関わらず、母と姉がポメラニアン(チャッピー)を飼うと言ったとき激怒したが、結局飼ってしまった。チャッピーは、10歳で他界。(ちなみに石田ヤス彦.氏の誕生日に他界。)現在飼っているむぎは妻が連れてきた犬であり、溺愛の理由には、ビッキーへの償いもあるらしい。
・絶叫マシーンが嫌い。お金を払って絶叫する意味が分からない。(本人談)
・酒と酔っ払いと酔って赤くなった顔が嫌い。酔っぱらった父親が大嫌いだったのが原因だと本人は言っている。
・やっさんと呼ばれることを嫌うと言われているが、実はさほど気にかけていない。(本人談)
・18歳でベースとバンドを始める。
・きっかけは、当時つるんでいた友人達のバンドにベースが不在で、バンドに入るよう勧められたから。
・当時に戻れるなら、ベースは選ばないと本人は語る。
・ベースを弾くスタイルにこだわりがあり、かなり低い位置で構える。
・演奏中にテンションあがり過ぎて、ベースを置き、客席で暴れ出したことがある。
・バンドと出会わなければ、人生が大きく変わっていたはずだと本人は語る。
・最初に組んだバンドは、PANBRAN(パンブラン)。バンド名の由来は、パンティー、ブラジャー、ランジェリーを合わせた造語。精力的にライブを行い、ビラ配りでの客集めや、レコード会社に直接デモテープを持ち込んだりしていた。
・ビラ配りの客集めは、ナンパと混同して行っていた。
・目標としていたライブハウス、新宿ロフトでのオーディションライブが解散ライブとなってしまった。楽屋で某有名バンドのメンバーと出くわし、「お疲れ様でした!」と声をかけたが、完全にシカトされ、「あんな人間には絶対にならない」と誓う。その数ケ月後、オーディション合格の連絡が入るが、既に就職してしまっていたため辞退した。
・PANBRAN時代にライブ告知が、雑誌ぴあに掲載され(全然たいしたことではない。)、未だに当時のぴあ数冊をたいそう大事に持っているらしい。
・PANBRANを解散した理由は、プロ指向でやっていたが、大学4年時に就職とバンドとで悩み、悩んだ時点で終わってると思ったからと本人は語っている。メンバーのひとりが大嫌いだったせいもあるらしい。
・就職後、またバンドがやりたくなり、上司をギターに迎え、PANBRANのボーカルに声をかけるが、「辞めると決めたんだからやらない。」と言われ、一時仲たがいしていたのだが、彼の方から、「やっぱりまたやりたい。」と連絡を受け、上司の友人を無理矢理ドラム(初心者)として迎え、Hi-Surf(ハイサーフ)を結成。
・バンド名の由来は、日本のパンクバンド、Hi-STANDARDNのコピーをやっていたのと、上司とその友人がサーファーだったから。当時、「オレはサーファーじゃない!」と反対していたが、しばらくすると悪くないかもと思ったらしい。
・Hi-Surfは、Hi-STANDARDの完全コピーバンド。MCまで忠実に真似て、地元福生のライブハウスで活動していた。勢いだけのバンド。
・本人曰く、このHi-Surfが歴代のバンドの中で1番熱くて大好きだったらしく、学生時代にこのバンドが組めていたら、本気になっていたかもしれないと語っている。
・2年ほどでHi-Surfは解散。理由は、上司の渡米のため。仕事中に、彼に会議室に呼び出され、「頼む。1年したら帰ってくるから」と説得され、渋々納得。数ケ月後解散ライブを行い一時解散。ちなみにその上司は、まだアメリカにいる。
・渡米中の上司が一時帰国したため、一夜限りの復活ライブを行う。コピーバンドのくせに大した告知もせずに100人以上動員する。
・Hi-Surf解散後、しばらくして友人にドラムを紹介してもらい、ボーカルと共に3ピースバンド、NOOGARD(ノーガード)を結成。バンド名の由来は、ボーカルの名前の龍をバンド名に入れようと石田ヤス彦.氏が提案。龍騎士の意味である"DRAGOON"を逆に読むとNOOGARDとなる。また、ガードなんかしないで前向きに行く、NO GARDの意味も含まれている。
・当初、オリジナル曲をやる予定だったのだが、観に来てくれる人を楽しませたいという想いから、過去の名曲や童謡をパンクカバーする方向性を固める。
・結成から7年ほど経つが、ライブは4回しか行っていない。趣味バンドのくせに、本格的なバンドロゴを持っている。
・Hi-Surf以降、ライブ毎にオリジナルバンドTシャツを作成している。好評で本気で売ってくれと言われたことがある。
・動機は、一般的に辛いと言われている車の営業をこなせれば、なんでもできると思ったから。単に、家から近いし、バンド活動のために早く就職先を決めたかったという理由もあるらしい。
・入社前に社長から展示会会場でバンド演奏をやってくれと頼まれるが、お客さんをドン引きさせ10分ほどで終了した。これをきっかけに後の上司とバンドを組むことになる。
・入社直後の社員旅行で先輩数人に生意気だと思われ、リンチ計画が立てられるが未遂で終わる。
・入社後初の展示会で、所長に「今すぐ髪切って来い!」と怒鳴られ、その場で辞めようかと考える。
・入社半年後、車も売れないし、金髪にもしたいしという理由で本気で辞めようと考えるが、上司に「売れりゃ何やってもいいんだよ。」と説得され、ふっ切れる。その後、面白いように車が売れるようになったらしい。
・夏休みなどの長期休暇限定で金髪などにしていた。眉毛まで金髪にしてしまい、休み明けしばらくの間、眉毛を描いていたことがある。
・キャンペーンに入賞し、ハワイ旅行へ行った際、役員が同行することを知らずに、金髪メッシュを入れてしまい、滞在中ずっとニット帽を被っていたらしい。
・外回り中にクリーニング店に寄ったところ、運悪く社長と出食わしてしまう。本人は気まずい思いをしたのだが、後に「自分でクリーニング屋に行くなんて偉い!」と褒めていたらしい。それを聞いて「謎…」と呟いたらしい。
・営業売上げ粗利部門で全社員1位になったことがある。
・入社時より長くても3年で辞めると決めており、どうせなら引き止められて辞めたいと考え、優秀社員賞を獲得しあっさり退職した。
・最終日に号泣したらしい。
・とにかく馬車馬のように働いた…と本人は語る。
・送別会で号泣したらしい。
・2008年9月13日に5年付き合った彼女と結婚。結婚願望は皆無だったのだが、突然結婚したくてしょうがなくなったらしい。
・妻へのプロポーズはプーケット島のレストラン。石田ヤス彦.氏は、出発前に「たまには、フォーマルな格好でもして良いレストランでも行こうよ」と妻に告げ、スーツとドレスを持参。ホテル側に協力を求め、海辺の見える席を予約した。妻の返事は「キターーーーーーーーーーーーーーーッ」であった。涙を期待していたのだが、ふたりが大好きな夏フェス"サマーソニック"の電光掲示板でプロポーズされるかと思っていたと妻に言われたらしい。そのとき、ハードルが高過ぎると呟いたらしい。
また、5年も付き合って、こんなに緊張したのは初めてと本人は語る。プーケットで正装は暑すぎるとも語っていたらしい。
・妻は限りなく理想の女性に近いと本人は語る。
・妻とは合コンで知り合ったのだが、一次会、二次会と席が隣だったのにも関わらず、電話番号も聞かなかった。二次会のカラオケで椎名林檎の"ここでキスして"をリクエストしたにも関わらず、歌が始まると同時に部屋を出て行ってしまい、別の女の子と電話していたらしい。
・妻と付き合う前に、バンドのボーカルに紹介したことがある。ちなみにボーカルも、現在の妻と付き合う前に石田ヤス彦.氏に紹介している。双方何も感じず、結局それぞれの相手と結婚した。
・新婚旅行で渡米中のバンド仲間にご祝儀としてフェンダーU.S.Aのベースをもらった。
・2011年6月26日愛娘『こころ』誕生。
・海外旅行が好きで、特にアメリカ本土が大好き。
・海外の入国審査時にほぼ間違いなく止められる。その反面、意外にも金属探知器に引っかかることはほとんどないらしい。
・アメリカでドラッグを売りつけられそうになったことがある。
・ラスベガスのカジノのスロットでオール7を出したが、1¢しか賭けていなかった。
・無類のライブ好き。特に夏フェスには目がないらしい。
・特に、サマーソニック、パンクスプリング、湘南音祭が好き。
・ライブでよくヘッドバンギングをする。
・ライブでは、凶暴になる。
・妻もライブ好き。昔、鼻血を出しながら暴れていたらしい。
・ヘビーロック、パンクを好み、特にマキシマムザホルモン、SlipKnoTが大好き。またHi-STANDARDは永遠のヒーローだと語る。
・大好きなバンドのひとつ、Hi-STANDARDのドラム、恒岡章(ツネ)さんを知人に紹介してもらい、名刺の裏にサインをもらったのだが、間違えてお客さんに配ってしまったことがある。
・AirJam'98、AirJam2000に参戦。AirJam2011で11年ぶりにHi-STANDARDの雄姿を見て感動した。
・年々ハード指向になっている。
・ベートーベンが好き。
・年間50本以上劇場で鑑賞するほど映画好き。
・ラブストーリーとコメディが苦手。
・予告編を観ると本編を観たときつまらなくなるという理由で、いつも目をつむっているらしい。
・ホラー映画が大好きだが、本物の血を見るのが大の苦手。
・好きな作品は、フロム・ダスク・ティル・ドーン、アメリカン・ヒストリーX。
・好きな俳優は、ゲイリー・オールドマンとエドワード・ノートン。
・好きな映画監督は、ロバート・ロドリゲス監督と三池崇史監督。
・部屋のインテリアを凝るのが好き。
・雑誌スマートインテリアに2回掲載されている。
・ジョジョの奇妙な冒険が大好き。特に第3部を好み、クライマックスのポルナレフを守る為に、アブドゥルとイギーが命を張るシーン、条太郎とジョセフにディオのスタンド能力を伝える為に花京院が命を張るシーンがたまらないと語る。
・北斗の拳が大好き。クライマックスのケンを守る為に、バットがケンの身代わりになるシーンがたまらないと語る。
・ゲームはあまりやらないが、ファイナル・ファンタジーVIIとクライシス・コア -ファイナルファンタジーVII-がとにかく大好き。
・クライマックスのザックスとクラウドのやりとりは涙なくして語れないらしい。
・ゲームに対して完璧主義なため、クリアまでにかなりの時間を要する。
・少しでも気に食わないと、すぐにやり直してしまう。
・赤髪を維持するのは大変困難なため、よく秘訣を問われるらしい。
・以下、本人による解説。
@まずは、美容院で2〜3回ほどブリーチをして金髪にする。
A赤のマニュキュアを3〜4回ほど根気よく入れる。いくら気まずくても思った通りに赤が入るまであきらめない。
B美容院で美容師専用の赤のマニュキュアを購入する。※2種類を混ぜて使用。
C赤が抜ける前に再度マニュキュアを入れ、数時間放置する。
D赤が馴染むまで数日繰り返す。
・赤く染まってしまうため、白いタオルは使えないらしい。
・赤い汗をかく。
・ライブで暴れると白いTシャツが真っ赤に染まってしまうらしい。
・左眉、右唇、右耳、左耳、左耳軟骨の計5カ所にボディピアスを付けている。
・耳たぶはいくつか開いていたのだが、ホールを大きくするにつれ、まとまってしまったらしい。
・左眉のピアスは、痛くないという噂を完全に信じ切っていたため、かなりひどい目に遭ったとか。実は、調子に乗っていきなり大きなホールを開けすぎたのが原因らしい。
・病院で開けたのだが、女性看護師さんの手前、痛いと言えず、我慢するしかなかったと本人は語る。
・唇は痛くなかったが、しばらく腫れあがって食事ができなかったらしい。
・幼少の頃、母親から「みんなと同じ普通の格好をしなさい!」と好きな服を着させてもらえなかった。それ以降、『普通』という言葉に拒絶反応を示すようになってしまった。
・母曰く、私は「女の子だけには優しくしなさい」と口をすっぱく言ってきたと語るが、本人はそれだけ憶えていないらしい。
・母は、昔、家電店にてテレビデオを購入する際「これは裏ビデオは観れるの?」と言い切ったことがある。店員は「は、はい」と答えた。裏番組の間違いである。
・母の日に某有名店の大福を贈ったのだが、「コレだけ?」と本気でキレられたことがある。
・父の日に缶ビールを一箱贈ったのだが、「オレはビールは飲まない。金がいい」と真顔で言われたことがある。その後、度々父がビールを飲む姿を見掛けているらしい。
・それでもめげずに父の日、母の日は毎年欠かさず贈り物をしているらしい。
・父親は、スパ王にお湯を入れて食べる。
・母親は、件名にメールの本文を入れる。
・実家の電話帳になぜか、"泰彦(本名)実家"と書かれた電話番号が書かれている。発見してから5年以上経つが、いまだに両親に確認はとっていないらしい。
・もちろん両親には感謝しているし、大好きである。と本人は語る。